世阿弥

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

世阿弥

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

ぜあみ(1364(貞治 3)頃〜1444(文安元)頃)◇室町前期の能役者・能作者。幼名は藤若(フジワカ)のち元服して三郎元清(モトキヨ)、秦(ハダ)氏を称した、芸名は世阿弥陀仏(ゼアミダブツ)、世阿弥・世阿は略称。将軍足利義満(ヨシミツ)の後援を受けるが、1428(応永35)足利義持の後を継ぎ将軍になった足利義教(僧義円)は世阿弥の甥の三郎元重(音阿弥)を後援。1433(永享 5)元重が観世大夫になり、世阿弥が元重を応援しなかったことで義教の怒りにふれ1434(永享 6)世阿弥七一歳で佐渡に流される。観阿弥清次(カンアミ キヨツグ)の子、金春禅竹(コンパル ゼンチク)は娘婿。(?)秦(ハダ)氏を称した。 ????(11)秦(ハタ)氏を称した。◆世阿弥忌[旧暦 8. 8]。大和の曹洞宗補巌寺に忌日八月八日が伝えられている。

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