北村透谷

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

北村透谷

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

きたむら とうこく(1868.12.29(明治元.11.16)〜1894. 5.16(明治27))◇文芸評論家・詩人・戯曲家。本名は門太郎(モンタロウ)、別号は蝉羽(センウ)・脱蝉・脱蝉子・電影・函嶺山人・蝉生・蘆水生・羊仙・透生・「すきや」・「ほとゝぎす」・桃紅・桃紅処士・北洲寒生。1888. 3.(明治21)数寄屋橋教会で受洗、同年11. 3石坂昌孝の長女ミナと結婚。躁鬱病質が進行し、1893.12.(明治26)咽喉を傷つけ自殺未遂。東京・芝公園地第二〇号四番の自宅の庭で縊死(イシ)。

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