大田南畝

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

大田南畝

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

おおた なんぽ(1749(寛延 2. 3. 3)〜1823(文政 6. 4. 6))◇江戸後期の狂歌師・狂詩作者・幕臣。本名は覃(フカシ,タン)、通称は直次郎、号は寝惚(ネボケ)先生・四方赤良(ヨモノアカラ)・杏花園(キョウカエン)・蜀山人(ショクサンジン)・山手馬鹿人。一七歳のとき御徒士となり、四八歳で支配勘定、五三歳で大阪銅座詰、五五歳で長崎奉行所勤務、子息が病廃したため七〇を過ぎても隠居できなかった。一九歳のとき流行作家平賀源内紹介されたのが機縁となり著作を始める。太田辰夫の父。 ????時代が違う(*)太田南畝ではない。

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