大石良雄

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

大石良雄

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

おおいし よしお(オホイシ ヨシヲ)(1659(万治 2)〜1703(元禄16. 2. 4))◇播磨(ハリマ)赤穂藩の家老・赤穂浪士の頭領。通称は内蔵助(クラノスケ)。兵学を山鹿素行(ヤマガ ソコウ)に、漢学伊藤仁斎に学ぶ。大石主税(チカラ)の父。1701(元禄14. 3)主君の朝野長矩(ナガノリ)が江戸城中で吉良義央刃傷(ニンジョウ)におよび即日除封切腹。旧藩士の同志と共に1702(元禄15.12.14)吉良邸を襲い仇を報じ、翌年切腹。◆大石忌[旧暦 2. 4]。◆追善法要[ 3.20]京都祇園(ギオン)の料亭一力(イチリキ)(万亭<マンテイ>)。◆赤穂義士祭[12.14]1702(元禄15)赤穂義士討入の日。東京都港区高輪の泉岳寺で墓前祭。東京都墨田区両国の吉良邸跡で元禄市。兵庫県赤穂市では大石神社から浅野家の菩提寺まで四十七士の行列。京都市山科区の大石神社では記念祭。

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