契沖

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

契沖

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

けいちゅう(1640(寛永17)〜1701(元禄14. 1.25))◇江戸前期の真言宗僧・国学者・歌人。字は空心、俗姓は下川、契沖契冲は法号。十一歳で出家、十三歳で高野山に上り、1662(寛文 2)二三歳のとき阿闍利(アジャリ)位を得て大阪生玉(イクタマ)のの曼陀羅院(マンダライン)の住職となり、このころ下河辺長流(シモカワベ チョウリュウ)を知る。二七歳のころ寺務めを厭い寺を出て石に頭を打ちつけて死のうとしたが果たさず、高野山に上り菩薩戒(ボサツンイ)を受ける。1678(延宝 6)三九歳のころ、母を養うため摂津今里の妙法寺の住職になる。母が亡くなったあと、1690(元禄 3)51歳ころ、大阪高津(コウヅ)の円珠庵に隠棲する。

* はてなダイアリーキーワード:契沖