桜井忠温

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

桜井忠温

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

さくらい ちゅうおん(1879. 6.11(明治12)〜1965. 9.17(昭和40))◇陸軍軍人・評論家・随筆家。本名は忠温(タダヨシ)、筆名は落葉。陸軍士官学校卒。松山の連隊旗手として日露戦争に参加。旅順功防戦で重傷を負った体験を、帰還後傷を養いながら『肉弾』(1906. 4.<明治39>刊)を執筆、高く評価され十数ヵ国に翻訳紹介された。(大正 7)から七年間陸軍省新聞班長を勤め、1930(昭和 5)少将で退役。桜井鴎村(オウソン)の弟。