田村とし子

個人情報保護法は「生存する個人に関する情報」が対象ですが、ここの人物情報は、故人の情報が殆どです。そうでない人についても公的な情報しかありません。 国語史グループとの差別化も考えて、オープンにしました。

田村とし子

PDD図書館獨澄旻さん)の人名辞典(http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/biography/frame.htm )旧版には次のようにあった。

たむら としこ(1884. 4.25(明治17)〜1945. 4.16(昭和20))◇小説家。本名は「佐藤とし」、無名時代は佐藤露英のちに市川華紅。田村松魚(ショウギョ)の妻で、号は田村とし子・俊・俊子。離婚後は佐藤俊子。1917(大正 6)妻子ある鈴木悦(エツ)と恋愛、翌年悦を追ってカナダのバンクーバーに脱出、結婚。悦の死亡後、帰国したが、五四歳になってなお親友の夫と恋愛関係におちいり、それを清算するため1942(昭和17)上海に渡る。上海大使館の嘱託になって華字婦人雑誌「女声」を発行、中国名は左俊芝。1945. 4.13(昭和20)崑山路の外出先で脳溢血により昏倒、昏睡状態のまま三日後に没。(田村俊子)